早尾の天神様

北相馬郡誌によれば
村社旧文村として、大字早尾に天満宮有り、菅原道眞を祀る。
毎年1月25日を以て例祭を行ふ、此日老若男女の、参拝者数千を以て 数ふ。と記されてあります。早尾天満宮縁起抜粋抑当山に安住し奉 る影もかしこき、菅原の御神の御自作なし給ふ尊神なりとかや、 ・・・中略・・・

菅公右大臣従二位兼行大近衛大将菅原の朝臣に任せられ給ふ御時に 、御自作なし給ふ御尊像なり、誠に霊現あらたなる事世の人の知る 処なり、・・・中略・・・

難波の津より船に召し給へ築しへ御越し給ふに、船頭深く舟中にい たわり給へけれハ、其心をかんし、此像を給りしとかや、今下総の 相馬郡早尾の里に降りて、社をきつき安住し奉り、恐るへし謹むへ き事とともなり。

天神様は学問の神様と深く信仰されて、特に書や裁縫塾などの塾生 は、その上達を祈願し作品を奉納するのを慣例としている。なお、 境内には芭蕉が詠んだ「廿五日は天神の祭かな」の句碑があり、布 川の書家 杉野東山 によって書かれている。

と、言うは易しですが、たぬぽんホームページ管理者の「たぬぽん氏」は、
「廿五日は天神の祭かな」の句碑(楳華碑)を捜し当てています。

現在は新暦の1月日すぐ後の日曜日に例祭がおこなわれます。そし て現代風に試験合格祈願の絵馬が多く奉納されております。 余談ですが郷のまつり一番の「願いかけます習いごと」の所ですが 、私は昔「お針っ娘」が多かったイメージで「針仕事」としたので すが、現代人の解釈では「賃仕事が多く有りますように」とられて しまうと、歌う予定の人からクレームがありました。そう言えばこ の方が受験その他にもも通じ表現もきれいなので、ありがたく従 いました。 その歌詞です。                        

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